大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和36年(ワ)2936号 判決

原告 福島むめ

被告 天野幸子 外八名

主文

1、被告天野幸子及び被告宝国商事株式会社は各自原告に対し、三三五万円及びこれに対する昭和三一年九月一六日以降右完済に至るまでの年五分の割合による金員を支払わねばならない。

2、原告のその余の請求を棄却する。

3、訴訟費用中、原告と被告天野幸子及び被告宝国商事株式会社との間に生じたものは同被告らの、その余のものは原告の各負担とする。

4、この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

5、被告天野幸子及び被告宝国商事株式会社は各自または共同して四〇〇万円の担保を供するときは前項の仮執行を免れることができる。

事実

1、原告は併合事件の請求の趣旨及び請求の原因、被告らの抗弁に対する反論として別紙中の請求の趣旨、請求の原因に各記載のとおり述べた。

2、併合両事件被告等の答弁及び抗弁は別紙中の被告らの答弁及び抗弁に記載のとおり。3、併合両事件の証拠関係〈省略〉

理由

1、成立に争のない甲第一ないし第三号証、乙第六号証の一、二、証人加藤誠、小池元春の各証言死亡前の被告天野米三郎本人尋問の結果を綜合すれば、原告がその主張のとおりの経過で昭和二九年四月二日当時原告主張の本件土地について原告主張の借地権を有していたことが認められる。なお、本件土地と甲第一号証の判決書物件目録(い)に表示された土地とはその表示方法、坪数などいくぶん異なるが、右各証拠に照し右両土地は同一のものと認められる。

2、そうとすれば、原告は昭和二〇年五月の戦災以来本件土地を占有使用していなかつたのであるから、他に特別の事情のない本件では期間の定がなかつたにもかゝわらず借地法第五条、第六条、第一七条、罹災都市借地借家臨時処理法第一一条の規定により原告の右借地権は昭和三一年九月一五日に期間の満了によつて消滅したものというの外はない。原告が右借地権に基く本件土地の使用を継続しなかつたことには原告主張のような天野米三郎及び被告宝国商事株式会社(以下単に被告会社と略称する)の妨害行為があつたにせよ、そのことは別に損害賠償請求の原因となり得るか否かの問題が生ずることはともかくとして、右借地権消滅の効果に影響のあるものではない。

したがつて、原告の右借地権が現になお存続することを前提とする被告らに対しての建物収去同退去、土地明渡登記抹消等の請求は理由のないものといわねばならない。

3、ところで、原告は被告天野幸子に対してはその被相続人の天野米三郎の債務不履行を原因として、被告天野幸子及び被告会社に対しては右天野米三郎及び被告会社両名の共同不法行為を原因として損害賠償の請求をなし、右両請求を土地明渡、建物明渡請求の予備的請求となしているが、その二つの予備的請求について特に順序を定めることなく併行的に請求しているものと思われるので、そのうちまず右共同不法行為の成否について判断するのに、当裁判所は原告主張の右共同不法行為が成立するものと判断する。すなわち、

(1)  前認定の原告主張によれば、原告は天野米三郎に対し昭和二三年中に訴をもつて本件土地についての前記借地権確認及び同地上の天野米三郎所有本件の第二物件目録〈省略〉記載建物収去、同土地明渡を請求し、昭和二七年一一月二七日当庁において原告勝訴の第一審判決が、昭和二九年三月一九日東京高等裁判所において控訴棄却の原告勝訴第二審判決が言い渡されていた。

(2)、ところが、右第二審判決言渡の直後である昭和二九年四月二日天野米三郎が同年三月二五日本件土地を被告会社に譲渡した旨の登記がなされたことは当事者間に争がなく、前出証人加藤誠、小池元春の各証言、天野米三郎本人尋問の結果及び同各証拠によつて真正に成立したと認める乙第二、第三号証、第五号証の一ないし四、第七号証の一ないし四、第一〇号証の一、二、第一一号証の一ないし六、第一二号証の一ないし三、成立に争のない甲第五号証を綜合すれば、被告会社はすでにおそくとも昭和二五年頃から引き続いて本件土地上の第二物件目録記載建物を使用して同土地を使用していたこと、右登記に沿う本件土地売買が被告会社内の正当な手続を経て真実に行われたことは認められるが、同時に右売買代金は約二年後の昭和三一年中に数回に分割して支払われたことも認められ、成立に争のない甲第四号証によれば天野米三郎は昭和二三年以来引き続き右代金支払以後まで被告会社の代表取締役であつたことが認められる。

(3)、以上のように、長年月にわたる訴訟の結果天野米三郎敗訴の第一第二審判決がなされたことに対し、同人を代表取締役とし、本件土地を使用していた被告会社が右判決の当事者と同様の関心を持つていたであろうことは容易に察せられることであつて、昭和二五年頃以来被告会社が本件土地を使用し続けて右第二審判決の直後、代金支払を後廻しとして本件土地の売買、その登記までしたということは、天野米三郎と被告会社とが共謀し、覆し得る見込の少い敗訴判決の確定による天野米三郎に対する執行を徒労に終らせ、被告会社の本件土地使用を続けて原告の同土地使用を妨害し、その間に原告の前記借地権の期限経過を待ち、いわゆる法定更新の機会(罹災都市借地値家臨時処理法第二条の期間についても借地法第五条、第六条の規定の適用があることは疑がない)を原告から奪い、これによつて原告の借地権を消滅させるために右行為に出でたものと認定されても致方のないことであつて、これを右両名の共同不法行為と判断することに欠けるところはないといわねばならない。そしてその不法行為は前記借地権消滅の昭和三一年九月一五日に完成したものというべきである。

もつとも、右共同不法行為の成立を認定するのに問題がないわけではない。すなわち

第一に原告の主張する不法行為の態様は、天野米三郎と被告会社とが共謀して、前記本件土地売買登記を経由したことによりその登記の日に借地権が消滅したとすることにあつて、前記認定はその主張の範囲を外れるのではないかの点である。しかし、原告の主張するところは、右両名共謀して原告の前記借地権を消滅させるための不法行為をしたとしてその態様の一部として右登記を挙げたのであつて、要するに原告の同借地権の消滅を来たした被告会社の本件土地使用と右両名間の同土地売買及びその登記関係を一連のものとして主張する趣旨であると判断され、前記のような借地権消滅の時期の相違は原告主張との本質的な相違を来すものではなく、その相違する消滅時期の間に原告の蒙つたであろう借地使用妨害による損害は借地権消滅によるものとは別個で原告の請求外のことである。

第二に、土地所有者はたとえそれを他に賃貸していても土地所有権を他に譲渡することは自由であるからその譲渡に違法性はないという被告らの主張であるが、本件ではその譲渡自体を不法行為としているのではなく、天野米三郎も被告会社も本件土地について原告が借地権を有することを知りながら、これを消滅させる目的で、あえて同土地を使用して原告の使用を妨げかつ、原告の勝訴判決の執行を事実上妨害するために右売買及びその登記手続をしたことを指すのであるから、被告らの右主張は当らない。

第三に、借地権の期限経過時における契約の更新は当然に行われるものではないから、法定更新の機会が失われたといつてもそのことが直ちに借地権消滅の結果をもたらしたものとはいえないのではないかの点である。本件ではこの点にふれて争われていないので法定更新の成立を拒む正当事由の存否まで積極的に判断し得る資料はないが、原告が本件土地を使用し得たならば、同地上に建物を所有して土地使用を継続していたであろうことは本件の争自体から明であり、そうだとすれば、更新拒絶の事由の存在は賃貸人側で主張立証する必要があり、前認定の(原告主張事実)ように明治四二年以来続いた原告の前記借地権について法定更新が行われない事態のあり得ることを考えて、前記不法行為と原告の前記借地権消滅との間の因果関係を否定することはできない。

4、したがつて、天野米三郎及び被告会社は共同不法行為者として各自原告に対し、その前記借地権消滅によつて蒙つた損害を賠償すべきである。

被告らは右損害賠償債務について消滅時効援用の抗弁を提出しているが、天野米三郎と被告会社との前記関係からすれば原告が右両名間の前記本件土地使用契約関係及び本件土地売買を仮装行為と思い込むことも無理のないことであつて、原告主張のとおり、昭和三四年七月一四日の口頭弁論期日において証人加藤誠、死亡前の被告天野米三郎本人の各尋問が行われ、その各供述とそれによるそれまでに提出の乙各号証中原告が不知とする書証の成立の証明とによつて始めて原告が、右土地使用及び売買が真実に行われたかも知れぬと思い、またそれが原告の前記借地権消滅を目的としてなされた不法行為であると知つたとすることも認定し得られないことではないので、その後右不法行為を原因とする前記予備的請求のなされた昭和三六年一月三一日までには未だ消滅時効の期間は経過しておらず、被告の時効援用の抗弁は理由がない。

そして、鑑定人郡富次郎の鑑定の結果を参考にすれば前記借地権消滅の時における右借地権の価格は三三五万円を下ることがないと認定され、それ以上の額であることの資料は他にないので、右損害の額も右と同額であると認定する(この場合の借地権は残存期間のみならず、さらに特別事情のない通常の場合に考えられる更新の可能性をおり込んだものであり、その可能性がとくに否定される事情を考慮する理由のないことはすでに記したとおりである。)。

そして、原告主張のとおり天野米三郎の死亡によつて被告天野幸子がその相続人となつたことは当事者間に争がないので、同被告は天野米三郎の権利義務を承継し、被告会社とともに原告に対し、いわゆる不真正連帯債務者の立場で各自三三五万円及びこれに対する前記借地権消滅の翌日である昭和三一年九月一六日以降完済までの年五分の割合による金員を支払うべきであり、その限度で原告の請求は正当であり、その余の請求は失当といわねばならない。

5、以上の外、原告の被告天野幸子に対する同被告先代天野米三郎の債務不履行による原告の前記借地権消滅を基礎とした損害賠償請求については、結局前記借地権消滅の時までは損害の発生を認定し得ないことは前記不法行為を原因とする請求と同様であるから、その損害額についても変ることがあり得ないので前記予備的請求の性質上、特に改めて判断しない。

6、そこで、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、第一九六条を適用し、すでに長年月を経た本件において当事者としては攻防のかぎりをつくした筈であるから判決の早期実現を考慮して仮執行免脱宣言の場合の担保額を定め、主文のとおり判決する。

(裁判官 畔上英治)

別紙

請求の趣旨

原告に対し、

被告天野幸子は、別紙第一物件目録〈省略〉記載の建物を収去して、別紙第一物件目録記載の土地を明渡せ。

被告宝国商事株式会社は、別紙第一物件目録記載の土地につき、東京法務局昭和二十九年四月二日受附第五三二二号を以つて自己のためになされた同年三月二十五日付売買による所有権移転登記及び同物件目録記載の建物につき、前同法務局昭和三十年九月二十二日受附第一二五四二号を以つて自己のためになされた所有権保存登記の各抹消登記手続をなし、且つ該建物より退去して、右土地を明渡せ。

被告合資会社天野商店、村井啓祐、武田幸雄、渡辺剛、川越清助、星野康雄、平田シズエは別紙第一物件目録記載の建物より退去して、同目録記載の土地を明渡せ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

との御判決及び仮執行の御宣言を求める。

若し右第一項請求にして理由のないときは、

被告天野幸子及び被告宝国商事株式会社は各自原告に対し、金五百万円及びこれに対する昭和二十九年四月二日以降、右金員完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告天野幸子の負担とする。

との御判決及び仮執行の御宣言を求める。

請求の原因

第一、被告天野米三郎に対する請求原因

一、主位的請求原因

(原告の被告天野に対する土地賃貸借権の存在)

(一) 原告は被告天野米三郎に対し、別紙第一物件目録記載の土地につき、左記内容の賃借権を有している。

(イ) 目的は普通建物の所有。

(ロ) 期限の定めはない。

(ハ) 賃料一箇月金千百八十七円、毎月末日払い。

(被告天野の債務不履行)

(二) 従つて被告天野は原告に対し、右土地を引渡すべきところ同地上に別紙第一物件目録記載の建物を所有して、該土地を占拠し、これを明渡さない。

(土地賃借権取得及び債務不履行に至つた事情)

(三) ところで原告が右土地の賃借権を取得した事情及び被告天野が前記建物を所有するに至つた経緯は次の通りである。

(イ) 原告は明治四十二年、訴外伊沢孫兵衛から別紙物件目録記載の土地二十三坪四合を、普通物所有の目的で期限の定めなく賃料一箇月一坪金三十三銭、毎月末日払いの約定で借受け、右地上に木造瓦葺二階三戸建家屋一棟を所有していたが、右家屋は昭和二十年五月二十五日の空襲に遭い焼失して了つた。

(ロ) その後の昭和二十年九月二十九日、右伊沢が死亡したのでその子伊沢国雄において、相続により右土地の所有権を取得し、右賃貸借契約上の貸主の地位を承継した。

(ハ) しかるところ、被告天野は昭和二十年十二月、本件土地を含む百九坪三合七勺を、右伊沢から買受けたが、同二十三年七月十六日、右地上に別紙第二目録記載の建物を建築所有するに至つた。

(ニ) ところで、原告は右土地については、前叙所有家屋の滅失後も土地物件令第六条により右天野に対して前記(一)項の土地賃借権を以つて対抗出来る筋合いであつたので、昭和二十三年六月頃、東京地方裁判所にあてて右天野に対する右土地賃借権(但し賃料の額は、相当賃料金千百八十七円)の確認並びに該賃借権に基く前記(ハ)項掲記(別紙第二物件目録所掲)の建物の収去及び右土地の明渡請求の訴訟を提起、(同年(ワ)第三一九〇号事件として、同庁民事第十五部に係属)したところ、同二十七年十一月十八日、全部勝訴の判決を得た。

(ホ) 右天野はこれに対し、直ちに東京高等裁判所に控訴(同庁昭和二十七年(ネ)第二二五号事件として同庁第四民事部に係属)したが、原告は同二十九年三月十九日、再び控訴棄却の勝訴判決を得た。

(ヘ) すると、右天野は即時最高裁判所にあてて右控訴審判決に対する上告(同庁昭和二十九年(オ)第三〇二号事件として、同庁第三小法廷に係属)したが、昭和三十年九月十三日、三度原告は、上告棄却の勝訴判決を得た。

(ト) ところが、右天野は該訴訟の第一審係属中である昭和二十五年六月頃前記(ハ)項掲記(別紙第二物件目録記載)の建物を、同第二物件目録記載の建物に増改築して了つた。

(チ) そうして更に同人は該事件の第二審判決言渡の直後である昭和二十九年四月二日、右土地につきその所轄東京法務局同日受付第五三二二号を以つて、自己が代表取締役を務めている被告宝国商事株式会社のための同月二十五日付売買による所有権移転登記を、又該事件の上告審判決言渡の直後である昭和三十年九月二十二日、別紙第一物件目録記載の建物につき、前同局同日受付第一二五四号を以つて右被告会社をして同会社のための所有権保存の登記をなさしめて終つた。

然し前述した如く右両物件は何れも被告天野の出損において、その所有に帰したものであり、同人と被告会社の間にはそれ等の所有権を移転すべき何等の法律行為も存在しなかつたのである。

右各登記は被告天野が原告の前記土地賃借権が罹災都市借地借家臨時処理方第十条により、賃借権の登記又は目的土地上に存在する建物の所有権取得若くは保存の登記がなくては、昭和二十六年七月一日以後、該土地につき所有権を取得した者に対抗出来なくなるのを奇貨として、原告の賃借権を実質上滅失させるために、被告人との売買を仮装してなしたもの(土地の登記)であり、或は又これと辻妻を合わせるべくなしたものである。

仮りに万一、右土地或は建物について、右被告と被告会社の間に売買その他の譲渡行為があつたとしても、それは右の如き目的のために為した通謀虚偽の意思表示であつて無効であり、何等前記の登記の縁由とはなり得ない。

(主位的請求)

(四) よつて原告は被告に対し、先ず前記土地賃借権に基き別紙第一物件目録記載の建物を収去して、同目録記載の土地を明渡すことを請求する。

二、予備的請求原因

(被告天野の賃借権滅失行為)

(一) 仮りに前記一、の(三)の(チ)の土地の登記について被告天野と被告会社間に売買その他の所有権移転の法律行為が発在し、且つ効力を有すとすれば、被告天野の該法律行為並びに所有権移転登記をなした所為は、前記の(三)の(チ)で詳述したとおり、故意に原告の土地賃借権を滅失する結果を惹起せしめ、自ら該土地賃貸借契約上の貸主として原告に該目的土地を占有、使用収益せしめる義務の履行を不能ならしめたものである。

(土地賃借権の価額)

(二) 而して被告天野の土地賃貸借契約上の債務の履行不能が確定した時、即ち被告会社のための該土地の所有権移転登記の了えた昭和二十九年四月二日当時の前記一、の(一)の賃借権の価額は金五百万円である。

(予備的請求)

(三) よつて原告は被告に対し、前記主位的請求が理由のない時に備えて土地賃貸借契約に基き、同人の債務不履行を理由に該土地賃貸義務の履行不能が確定した昭和二十九年四月二日当時の価額金五百万円及びこれに対する民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を請求する。

三、被告天野は昭和三十五年二月十九日死亡し、その相続人である天野幸子が被告天野の地位を承継しているものである。

第二、被告宝国商事株式会社に対する請求原因

(被告天野の抹消登記及び明渡請求権の存在)

(一)(イ) 被告宝国商事株式会社は、前記第一、の一、の(三)の(チ)記載の如く別紙第一物件目録記載の土地について東京法務局昭和二十九年四月二日受付第五三二二号を以つて、同年三月二十五日付売買による被告天野からの所有権移転登記を、同目録記載の建物につき、前同局同三十年九月二十二日受付第一二五四号を以つて、所有権保存登記を経由している。そうして又右建物を他の被告と共に占有使用し、以つてその敷地である土地を占拠している。

(ロ) 然し前記第一、の一、の(三)の(ハ)、(ト)で述べた如く別紙第一物件目録記載の土地は、被告天野が訴外伊沢国雄から買受けたものであり、同目録記載の建物も、同被告がその出捐において建築したものである。そうして該被告と被告会社の間に何等右各物件の所有権の移転を惹起すべき法律行為は存在しなかつたのである。

仮りにそれが存在したとしても、それは前記第一、の一、の(三)の(チ)記載のとおり、被告会社の代表者である被告天野と被告会社との間に行われた通謀虚偽の意思表示に過ぎず無効である。

従つて何れにしても右各物件の所有権は被告天野の下に帰属している訳である。

(ハ) 以上の次第で被告天野は、その所有権に基き、被告会社に対し、前記(イ)の各登記の抹消登記及び前記建物より退去して、前記土地の明渡すことを請求出来る筋合である。

(原告の土地賃借権に基く土地明渡等請求権の存在)

(二) 而して原告が被告天野に対して右土地につき賃借権に基く別紙第一物件目録記載の建物の収去並びに土地明渡請求権を有することは前記第一、の一、の(三)項記載のとおりである。

(債権保全の必要)

(三) 被告会社名義の土地登記が外観上原告の土地賃借権の障害となることは、前記第一、の一、の(三)の(チ)に記載するところから自明である。

又建物についての被告会社のための所有権保存登記は建物収去の妨げとなる。

被告会社が右両物件を占有使用していることは、原告の土地賃借権の行使を阻止する結果となることは言を俟たないところか被告天野は一向に被告会社に対する右土地及び建物についての所有権移転登記乃至は保存登記の各抹消登記並びに両物件の明渡請求権を行使しない。

従つて原告は自己の前記土地賃借権を保全するために被告天野の被告会社に対する右各請求権を代位行使する必要がある。

(請求)

(四) よつて原告は被告会社に対し、被告天野に対する前記土地賃借権に基き、同被告に代つて別紙第一物件目録記載の土地及び建物についての前叙各登記の抹消登記及び右建物より退去して、その敷地である該土地を明渡すことを請求する。

(五) 被告宝国商事に対する予備的請求(後記第三)

第三、原告は左の通り予備的請求(被告天野と被告会社の共同不法行為に基く損害賠償請求)

一、被告天野は同人が代表取締役を務めていた被告会社と共謀して、昭和二十九年四月初頃、既に本件土地につき当時高等裁判所控訴審(同庁昭和二十七年(ネ)第二二五号事件)に於て敗訴となるや原告の賃借権を侵害する目的で所轄東京法務局同月二日受付第五三二二号を以て被告会社の為に同月二十五日付売買による所有権移転登記を為したものである。右被告等の斯る所為は明らかに原告の賃借権を侵害する事を目的として故意になされたものであり、之に基き原告は本件借地権の使用を不能にならしめたもので、当時の右賃借権の価額は金五百万円であるから、被告等各自に対し右五百万及びにこれに対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金支払を求める。

第四、被告村井啓祐、武田幸雄、渡辺剛、川越清助、星野康雄、平田シズエ、合資会社天野商店以下七名に対する請求原因

(被告天野の建物退去、土地明渡請求権)

一、(イ) 被告天野は別紙第一物件目録記載の土地及び建物を所有している。

(ロ) 然るに合資会社天野商店、被告井上和子、村井啓祐、武田幸雄、渡辺剛、川越清助、星野康雄、平田シズエは右建物を占有使用し、以つてその敷地である該土地を占拠している。

(ハ) 従つて被告天野はその所有権に基き、被告等に対し、該建物より退去して、右土地を明渡すことを請求出来る筋合いである。

(原告の土地賃借権に基く土地明渡等請求権)

二、原告が被告天野に対して右土地賃借権に基き該建物収去土地明渡の請求権を有すること、第二、の(二)記載のとおりである。

(債権保全の必要)

三、右被告八名の建物及び土地の占拠が原告の土地賃借権に基く右建物収去、土地明渡請求権の行使を妨げることは多言を要しない。

然るに被告天野は右被告等八名に対する建物退去、土地明渡請求権を行使しない。

(請求)

四、よつて原告は右被告八名に対し、被告天野に対する前記土地賃借権に基き、同被告に代つて、別紙第一物件目録記載の建物より退去して、同目録記載の土地を明渡すことを請求する。

第五、被告等の抗弁に対する反論

一、第一物件目録記載の建物と第二物件目録記載の建物が同一でないことは認める。

二、原告が天野米三郎と被告宝国商事の共同不法行為を知つたのは昭和三四年七月一四日であるから、被告等主張の消滅時効は完成しない。

被告等の答弁

請求の趣旨に対する答弁

原告の請求は之れを棄却する

訴訟費用は原告の負担とする

請求の原因に対する答弁

第一、被告天野米三郎の答弁

一、主位的請求原因について

(一)記載の賃借権を有している点否認する

(二)は所有して居ない

(三)の(イ)は不知

(ロ) 伊沢の死亡及相続の事実は認む

(ハ) 天野が昭和二十年十二月本件土地を含む百九坪三合七勺を伊沢国雄から買受けたことは認む

その余否認

(ニ) 物件令第六条で対抗力がある点争う

東京地方裁判所に訴提起及判決のあつたことは認める外に(ホ)(ヘ)は認める

(ト) 否認

(チ) 被告宝国商事株式会社と被告天野米三郎との間の原告主張所有権移転登記の点は認めるが、通謀虚偽の意思表示とある点否認する

(1)  保存登記の点認む

(2)  罹災都市借地借家臨時処理法第十条の登記がないのを奇貨として云々とある点否認する

二、予備的請求原因について

(1) (一) 被告天野米三郎同宝国商事株式会社は原告の借地権を妨害してはいけない。

(二)(三)は否認する

(2)  土地賃借権の価額について

価額が五百万円であるとの原告主張は之れを否認する

三、天野米三郎の死亡、被告天野幸子の相続による訴訟上の地位の承継については原告の主張を争わない。

第二、被告宝国商事の答弁

(一)(イ)は認める。

(ロ) 否認

(ハ) 争う

(二)、(三)、(四)、はいずれも争う

第三、被告天野、被告宝国商事の共同不法行為についての答弁

両被告の不法行為の点を争う。天野米三郎が昭和二九年四月二日当時

被告会社の代表取締役であつたことは認める。

第四、被告天野商店、村井、武田、渡辺、川越、星野、平田の答弁

一、被告の各占有使用の点認む。

二、その余はすべて争う。

第五、被告等の抗弁

主位的請求について

一、原告は本件土地につき明治四十二年訴外伊沢から普通建物所有のため期間を定めず賃借したと主張する、そうだとすれば借地法附則第十七条により二十年を経過した(賃貸借の始期を明治四十二年十二月三十一日と仮定して論述する)昭和四年十二月三十一日を以て消滅、同日法定更新により更新せられその期間は借地法第六条第一項、第五条により二十年となる故、昭和二十四年十二月三十一日を以て消滅、戦時罹災土地物件令第三条により元本件地上に存在した建物が滅失した昭和二十年五月二十五日から昭和二十一年九月十五日までの借地権停止期間を除けば昭和二十六年三月二十日を以て消滅するところ、罹災都市借地借家臨時処理法第十一条により同法施行日たる昭和二十一年九月十五日から十年となる故、昭和三十一年九月十五日を以て消滅したこととなる。

二、而して原告は本件土地の上に建物を所有せずその使用もしていないもの故、被告天野又は被告宝国商事に対して契約の更新を請求する権利おも有しない。

三、原告の主位的請求は原告が被告等に対し対抗し得べき借地権を有することを前提とするものなる処、既に借地権の消滅した今日に於てはその請求は到底失当たるを免れない。

四、本件地上に現存する建物は被告宝国商事が建築所有するもので(第一物件目録)旧建物(第二物件目録)との間には同一性がない(同一性がない事は原告の認めて争はない処、第八回口頭弁論調書原告代理人の陳述御参照)

而して被告会社は本件土地の所有権を取得する以前たる昭和二十五年頃から被告天野の先代天野米三郎より賃借し(乙第七号証の一乃至四)本件第二目録の建物を建築所有している次第であつて本件土地の占有は正当な権原に基くものである(本件土地の所有権取得後は所有権に基き占有している)仍て仮に百歩を譲り本件土地の所有権が現に被告天野に属するとしても同被告は被告会社に対し建物退去又は登記抹消を求める権利なく従て被告天野に代位して建物退去登記抹消を求める原告の請求は失当である。

原告の予備的請求に付て

一、原告は被告宝国商事に対して被告天野と共同不法行為に基く損害賠償として金五百万円の支払を請求する。

本件は単なる被告天野に債務不履行の責があるか否かの問題と解するが、仮に被告会社に於て共同不法行為者としての責任があるとしても原告の被告会社に対する損害賠償請求債権は時効により消滅した故、時効の利益を授用する。

即ち原告が本件訴訟を提起したのは昭和三十二年九月二十八日である。ところで訴訟請求原因記載によれば被告会社が昭和二十九年四月二日本件土地を被告天野の先代米三郎から売買により所有権を取得しその旨の登記をなし、又昭和二十五年六月頃本件第一目録記載の建物の保存登記をなし、且つ当時から被告会社が本件建物を占有している旨の記載がある故、遅く共、本件訴訟を提起した昭和三十二年九月二十八日には被告会社の不法行為を知つていたものというべく民法第七百二十四条によりその時から三年を経過した昭和三十五年九月二十八日を以つて消滅時効は完成した次第である。

而して原告が被告会社に対する請求を拡張して損害賠償の請求をなすに至つたのは昭和三十六年一月三十一日の第二五回口頭弁論の期日である。

即ち原告の被告会社に対する請求は消滅時効完成後に行い、到底失当たるを免れない。

尚被告会社の本件土地買受け乃至登記に付ては違法性がない事も併せて主張する。

二、被告天野に於て賃貸人として債務不履行の責があるとしてもその損害賠償の基準となる借地権の価格は、被告天野の先代天野米三郎が被告会社に本件土地を賃貸し、被告会社が本件建物を建築所有するに至つた昭和二十五年六月頃乃至昭和二十六年一月頃にその履行は不能となつたものというべく、従てその当時の時価によるべく本件土地の所有権移転登記がなされた昭和二十九年四月頃の時価によるべきものではない。

鑑定人郡富次郎の鑑定書によれば昭和二十九年四月二日当時の借地権の時価は三百三十四万七千四百円なる事を認め得るもこの鑑定によつては被告天野の負担すべき損害賠償の額は出てこない。昭和二十五年六月乃至昭和二十六年一月頃に於ては原告の有する借地権の残存期間は昭和三十一年九月十五日まで約五年に過ぎずその借地権の価格はせいぜい五十万円を超えるものではない。

仮に昭和二十九年四月二日の時価によるべきものとしてもその当時の借地権の残存期間は約二年間、時価はせいぜい五十万円を超えるものではない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例